那須 三本槍岳

3月25日 山下他1名

3月も末だというのに北温泉までは雪道だった。
平日なので先行者は期待していない。

北温泉 テルマエロマエの撮影場所


数日前に降った雪で多少のラッセルは覚悟はしていたが林道出合まで登り着くとワカンの世界。スキー場は稼働していないので人の気配は無い。ここは中ノ大倉尾根の末端で広い雪原となっている。高い方を目指して登れば間違い無いが下山時にホワイトアウトだと迷いそうで怖い。

高度を上げて視界が開けると茶臼岳が右手に
朝日岳の勇姿も
赤面山分岐への登り ひたすら雪原を歩く

ただひたすら登る。ふくらはぎ真ん中位の嫌なラッセルがダラダラと続くが徐々に視界は開けて右手に茶臼岳が大きく聳える。
今日は風も無く暖かい。尾根上の木々も雪を落として”春です”と告げている。
スダレ山の大岩まで一汗かくと三本槍岳への鞍部、広い雪原となる。この季節はどこを歩いても良いので適当に踏み込んだら腰まで沈んで往生してしまった。

これが結構きついのである
北に旭岳(赤崩山)


見上げると二人ほど三本槍への登りに取り付いている。朝日岳方面から縦走してきたようだが急斜面にスノーシューで苦戦している。
浮力ではワカンより上手だが傾斜が強い下りでは足捌きが難しそうで入れ違いに山頂に立つ。
北には会津の山々、西には三倉山と大倉山、振り返るとアルペン的な風貌の朝日岳が。

三本槍手前の広い雪原
すぐ下に大峠、その先に流石山と奥那須の山々が連なる

「三本槍岳」の由来は会津、那須、黒羽の三藩が山頂の領有を巡って定期的に槍を立てたことからきているのだとか(Wikipedia引用)
西に大峠が随分と近いので驚く。夏に井戸沢を登って流石山からの下山ルートとなる道だ。
紐解くと1683年に会津藩主、松平正容によって拓かれた「会津中街道」として参勤交代にも使われた道なのだという。
こんな山深い峠を古の道として越えていった先人達の労苦が偲ばれる。そして下り着いた三斗小屋宿跡は白湯山信仰で賑わい、また戊辰戦争で血生臭い戦禍の歴史もあった場所だ。

下山はサクサクと進む
朝日岳のアルペン的な風貌が素晴らしい

午後になり気温が上がってきた。日焼け止めをもう一度塗り直し同じ道を下る。
途中、自分達のトレースだと辿って行くと変な方向に下りだした。良く見ると蹄みたいな跡にも見える。
「ありゃこれはカモシカかなぁ?」
再度方向を確認して無事北温泉に下り、帰りは那須湯元で熱めの温泉に浸かり帰宅。

北温泉(7:00)-中の大倉尾根末端(8:20)-三本槍岳(11:40)-北温泉(15:00)